宇野亜喜良
ピカソ様 突然のお手紙ですが失礼をおゆるし下さるよう。

先日、上野で貴方のスペイン時代、つまり幼児期、少年期の
作品展を観てきました。正直のところを書きますと、すごい感動という
のではありませんでした。この展覧会の内容はすでに云いつくされているように
子供のくせに(やたら上手い)という一語に尽きるものです。それは
その通りで、百年に一人の天才といえるくらい抜群のテクニックです。
しかし、子供にしては光や影・形態や色彩がちゃんとしているー
というだけで、形而上のものとしては幼児の絵画だと思います。
リアルではないものはロートレック風だったり、その時代のイラストレーション風
だったりです。
やっぱり、ピカソ様 貴方はパリに出てからの作品がすごい。
青春期の貴方は素晴らしい。
青の時代、キュビズム、新古典主義、実に魅力的です。
これは人間という生物に青春期がやって来て、その時期に体験
する精神の遍歴が造形という主観と客体化の理性とが照応しあって
生まれる産物だからでしょう。
そしてピカソ様
ぼくは貴方の後半の絵画も大好きです。
人は、前半の貴方の写実描写の力を所有する人の描く
自由絵画だから、後半の絵も素晴らしいといいますが
この意見にはぼくは素直に従うことができない。
だいたいに人が絵を観賞するとき、その作家の歴史を逆ぼって調べてみる
などということが、どれくらいあるでしょうか。
考えようによっては、リアルな描写力という手くせがついてしまってから、後半の
貴方のような絵を描くーということのほうが難しいともいえます。
昨日、吉祥寺で、我らの長新太展を観てきたのですが、これがまたまた
衝撃的に良いのです。自由で溌剌としていて、とえも上等のセンスでした。
この長さんに、ぼくの知る限りではリアリズム絵画は存在していないと思います。
ピカソ様、貴方は有名人でありすぎて、過去を露出されてしまっていますが
突然の後半の絵画でも、素晴らしさは同じです。スペイン時代が
パート1だとすると晩年はパート?いくつになるのか判りませんが、
独立したパートとしてすごいのです。

ぼくが貴方を好きなのは、やたら絵画を生産することです。
1956年クルーゾーの作った映画「ピカソ天才の秘密」(今は「ミステリアス
ピカソ」と改題したもの)の中でも一つのテーマで延々と続けています。
途中素敵な絵がでてきても貴方は、さらにそれを描きなおしていきます。
時々悪くなっていったりしますが、貴方は平気で描き進みます。
マチスも同じテーマでいくつもの作品を造っていきますが、どこか
ストイックで大人のイメージ。(そこがまた好きなのですが)
ピカソ様 貴方の場合は幼児的な遊技性が感じられます。
いつか、ディアギレフの仕事で「パラード」のデッサンの量に驚きまし
たが、あれはもう、人間技とは思われません。
あれはほとんど狂気に近い稚戯の一種でしょうか、そうでなくては
あんなに快楽的に熱中できる筈がありません。

ずいぶん以前のピカソ展の会場に書かれていたエピソードを突然憶い
だしました。ピカソが恋愛を始めて、女性を描く、そして一所県命に
それをかくことをする。それは女房に知られるのを一番恐れているからだ。
といったような記事でした。
小林秀雄との対談で、坂口安吾が「家というもの、女房が怖いとか
僕はそういう非常に簡単なことの解決が一番大切じゃないかと思う。
女房が怖くて浮気が出来ないとか、女房という観念が生活を縛っているとか
そういうことが非常に重大じゃないかと思う」といってますが、
これは、あながち日本的発想という訳ではなく、ピカソ様
あなたもそうなんだとひどく楽しくなったのをおぼえています。

ピカソ様 また何かおもいついたらお手紙差し上げようと思います。

           2002.12.2   宇野亜喜良

P.S ぼくの絵は貴方の青の時代の模写と
立体派の論理の見えるセザンヌのアルルカンを写しました。
お二人へのオマージュです。

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